狭い部屋、書斎の夢を見る私

最近ストレスが溜まっているのか、つい大量に本を買ってしまいます。友人の中には、同じ状況で暴飲暴食をしてしまい、大変な思いをしている人もいるので、それよりは健康的でしょうか。しかし積読が溜まっていくのは、書棚のスペース的には死活問題だったりもします。未読の小説が一段を埋めているのですよ。焦ったところで読書スピードはそう変わらないので、もうあきらめてはいますが……まったく、昔から困った癖です。
ただもし私がもっと広い部屋に住んでいたら、これだけ未読の作品があれば、ずいぶん幸せでしょうね。まだ知らない世界がたくさんあって、今読んだら次はどうしようと悩まずにすむからです。本の虫の私にとって、手元にある作品の後、なにを手にとったらいいかわからないという状態ほど、悲しいことはありません。読書好きの方なら、きっとわかってもらえると思います。
友人のように、自宅に書斎を作れたら幸福でしょうね……大家族がいつしか人数が減っていき、開いた部屋に書棚を詰めているのですって。いつもしっかりカーテンを閉めているので、本が日焼けすることもなく、安心して保管できると言っていました。まったく羨ましい限りです。私の書斎は、いつかできることがあるのでしょうか。

それぞれの家庭にあるドラマ

この間、植樹の作業をしている方にお会いしました。お仕事ではなく、自分の家の庭に木を植えていたのですが、ずいぶん高齢に見えたその方は「私が生きている間には、この木は小さいままだけど、孫が見上げてくれればいい」と言っていました。自分は孫の成長を見守ることはできないから、この木にその役目を託すのですって。なんとも素敵な話ですね。
もちろん、庭に木を植える理由はいろいろあるでしょう。でもこれを知って以来、私はどの家庭にもそれぞれドラマがあるのだなあと思うようになりました。小説や漫画になるほどドラマチックではないかもしれないけれど、皆確かに、生きています。各家庭によって、心和むストーリーがあったり、波乱万丈な人生があったりするのです。そう考えると、これまではたいして気にもとめてこなかったご近所さんに、いっきに興味がわきました。
ただいきなり、根掘り葉掘り聞くわけにはいきませんし、話を聞くために仲良くなるのもおかしな話です。だから私は、気になるような可愛い家を見つけたり、美しい庭を発見したりした時は、その様子から見ず知らずの家庭のイメージを想像しています。知っている人相手では失礼でも、物から考えるのであれば問題はないでしょう。

読書一年巡り

不意に、私がいわゆる文豪と呼ばれる人達の作品を手に取るのは、夏が多いなあと思いました。各出版社で、夏のなんとかフェア、みたいのをやっているので目について、というパターンですね。平台にずらっと並べられた文庫は、実際は昨年度とあまり違わなかったりするけれど、つい一冊ごとしっかり見てしまいます。
自分がこれまでに縁のなかった漫画を選ぶのは、秋が多い気がします。だんだんと寒くなってくると、布団の中で読書をする機会が増え、それにはさらっと読める漫画が便利だからです。単に布団の誘惑に負けてしまうので、小説を読み切るまで起きているのが難しいという状況もあります。
漫画でも小説でも、長編シリーズに手を出すのはお正月ですね。あの時期は、準備はかなり忙しいけれど、三が日はそうでもありませんから、宴会をしている親戚にちょっと付き合ったら、あとは部屋に引っ込んで読書をするのです。お正月以外の冬の時期は、こたつに入り込むと出るのが嫌になり、外出もおっくうなので、とりあえず天板に積み上げて、なんでも読みます。
こうしてまとめてみると、私は一年中本とともに生活しているなあと実感しました。なんて素晴らしい読書人生!これからも続けていきたいです。

素敵な青空図書館

先日テレビで、外国の公園にある図書館が話題になっていました。大きな芝生のある広い公園の片隅に、屋台みたいなものがあり、そこで本を貸してくれるのです。ただ読むのは園内限定。書籍は持ち帰りはできず、身分証明書と引き換えです。読み終え本を返しに行けば、身分証を返してもらえるということですね。こうしないと、返ってこないことがあるということなのでしょう。
それにしても、青空の下で読書ができるなんて、とても素敵なことだと思います。白い紙面を見ていると太陽の光を反射して、目がちかちかするのがちょっと難点ですが、休憩しながらなら大丈夫でしょう。日差し温かな春、紅葉鮮やかな秋……もちろん、暑い夏に木陰で読むのもいいですし、寒い冬にコーヒーを片手に楽しむのもいいですね。
もしかしたら同じようなシステムが、国内にもあるかもしれませんが、私の住んでいる近くにはないので、真似をしたかったら家から本を持って、公園に赴くほかはありません。そんな時に読む作品は何がいいかしら。すれ違いがじれったいけれど純愛に心ときめく恋愛小説か、それとも次々に敵を退治し旅する冒険物語か、ほのぼの家族のストーリーか。考えるだけでも楽しいですね。

楽しいことが二割だとしても

先日、イラストレーターをしている友人が「目薬は手放せない」と言っていました。長時間パソコンの画面を見続けるから、どうしても目が乾いてしまうのですって。今は執筆も漫画を描くのもコンピューターを使っている人が多いですから、作家さんにも、同じ症状で苦労している方がいるかもしれませんね。
瞬きをたくさんするようにするとか、専用の目薬をさすとかいろいろあるようですが、集中していると忘れてしまうそうで、なかなか大変みたいです。肩こりや腰痛と一緒で、職業病と言うべきものなのでしょう。クリエーターの方はブログやSNSでも、このような大変なことは表に出さず、いつも明るく楽しい話ばかりをしてくれている方が多いので、すごいなあと思います。
そういえば以前どこかで見たのですが、有名なブロガーの方は、一日の八割が大変だとしても、残り二割の楽しいことだけをブログに書くと決めているそうです。辛い話なんて面白くないからだと言っていました。作家さんや漫画家さんも同じかもしれませんね。そう考えると、素顔を公表していない方が多いとはいえ、彼らもまた見られる立場の人間なのだなあと思いました。大好きなクリエーターの方々、いつも元気をくださって、ありがとうございます。

十人十色のスケジュール帳

読書が好きな友達は文字に慣れているからか、スケジュール帳にこだわりを持っている人が多いです。1日1ページ使うタイプのものに、予定も日記も全部書きこむ子や、見開き二週間のタイプに、予定と実際の行動を書いている子、ほかには自分でスタンプやシールを使って手作りしている友人もいます。見せてもらうと、十人十色で面白いですよ。
中でも一番目を引いたのが、欲しい本の発売日を付箋に書いて、貼りつけていた手帳でした。ちゃんと買ったら付箋をはがすらしいのですが、マンスリーなのに本の予定一色って、どういうことなのと笑ってしまいましたよ。でも、それほど楽しみにしているという気持ちはよくわかります。私もかつては一覧にして、メモを持っていましたからね。今は卓上カレンダーに書きこんで、毎日眺めてウキウキしています。
電子書籍が普及して、クリックひとつで作品が買える時代になっても、そうしない人もいるという当たり前のことが、とても嬉しく感じました。もちろんどちらがいいということはないのだけれど、昔からあるものが肯定されているようで、それが良かったのかもしれません。私も彼女を真似て、スケジュール帳いっぱいに楽しい予定を書きこんでみようかしら。

図鑑に詰まった皆の思い

友達が、知りあいの子供さんの小学校入学祝いに、学習図鑑のセットを贈ったそうです。今はインターネットで何でも調べられる時代ですが、こういった本がずらっと並んでいると、興奮してしまいますよね。自分の幼少時代を思い出しました。けして安くはないだろうに、いろいろと揃えてくれた両親には感謝です。
ただその図鑑は、今はもう私の家にはありません。なにせ小さなころに愛読していたものなので、成長するにつれ、内容が物足りなくなってしまったのです。結果、親戚の小さな子に、おさがりとしてもらってもらいました。私はもう学校の図書館を自由に使える年齢になり、親に図鑑を買ってもらうことはなかったのだけれど、本当にあれはいい思い出です。
知り合いの子供さんの胸にも、こうして温かい記憶が残ればいいな。ちなみにその子は赤ちゃんの頃から車が好きなので、乗り物関係の本はたくさん持っています。知りあいは、今の所はそれを全部、倉庫にとってあるのですって。「あげる子がいないし、売ってしまうのも勿体ない気がして」と言っていました。子供だけではなく、親にとってもたくさんの記憶がつまっているのでしょうね。書き手の思いもありますし、本ってすごく、たくさんのものでできているんだなと思います。

未来の自分に贈るお気に入り

子供時代に一度だけ、タイムカプセルを埋めたことがあります。ただ何を入れたかも、実際に取り出したかも覚えていません。もし今同じようにタイムカプセルを作るとしたら、何を入れるでしょう。
友達に聞いてみたら、ひとりは迷わずアルバムと答えました。家族写真を残して、今の幸福を将来の自分に伝えたいのですって。素晴らしく理想的な回答で、羨ましいほどです。別の友人は、今読みかけの本を入れると言いました。「読みかけなのにいいの?」と尋ねてみると「実はあまり好みじゃないから、未来の自分に先を託す」とのこと。マイナス思考なのかプラス思考なのかわかりませんが、愉快な答えです。私だったら、お気に入りの本を入れたいですね。将来の自分もまだこれが好きかしら? そんなことを聞いてみたいです。
その後皆で話したところによると、子供時代のカプセルは授業で埋めたもので、数年後に掘り返したそうです。ただ私がすっかり忘れていただけでした。そんなに小さなころなら親に話したでしょうから、家族がなにか覚えているかしら。……入っていた物がお気に入りの本だったら嬉しいけれど、もし家族に向けた手紙とか書いていたら照れくさいので、やめておきましょう。

四季の変化を感じたい日々

先日出掛けたついでにコンビニに寄りました。今は各季節、そして各コンビニ、いろいろな商品が売り出されていて面白いですね。夏ならひんやり美味しいアイスの新製品、秋は定番マロンのお菓子、冬には肉まんやおでんなどのあたたかいもの、そして春には卒業や入学をイメージする商品があります。もちろんお中元やお歳暮、ハロウィンにクリスマス、バレンタイン、ホワイトデーなどなど、イベントものも豊富です。
このような移り変わりを見ていますと、日本本来の行事は何だろうと考えたりもします。ちょっと前に、年中行事に関する本を読んだことも関係しているでしょう。残念ながら全部をこなすのは難しいけれど、知識として知りたいなと思って手に取りました。それを見ていると、昔の人は本当に四季を大事にしていたのだなあというのが、とてもよく伝わってきます。そして、手間暇かけて日々を丁寧に生きていたということも、わかりました。
季節の折々、ふと周囲の景色を見やると、気付かぬ間に桜が咲いて散っていたり、紅葉が枯れ葉になっていたりします。もくもくと浮かんでいた入道雲なんて、意識して見たのは何年前かしら。コンビニ商戦で季節を知るのではなく、昔の人のように毎日を大事にしたいと思いました。

見知らぬ誰かに感じる友情

この間友人は初めて、オンラインショップで買った本にレビューをつけたそうです。彼女は「うまく書けるか心配だったけど、その本がとても素晴らしかったから、ぜひ皆に読んでほしくて」と言いました。このような純粋な気持ちで書かれた感想ならば、読者にさぞ好印象を与えるでしょう。
だって私は話を聞いてすぐに、その本が読んでみたくなりましたもの。彼女が思わず初めての行為をしてしまうほど、魅力的な作品ってどんなものでしょう。早速、友人がレビューをつけたサイトで購入し、今は届くのを待っているところです。まだ発送の連絡も来ていないのに、外で車やバイクが止まる音が聞こえる度に、「配達員さんがうちに来たのかもしれない」と、窓を開けて確認してしまいます。せっかちですね。でもそのくらい楽しみだから、しかたありません。
人の視点で語られる感想やおすすめ情報は、他人の感覚を知ることができるので、とても面白いと思います。同じ話を読んでも「感じることってこんなに違うんだ」と思う時もあれば、「私と同じこと考えてる人がいる」と発見する時もあるからです。なかにはぜひお友達になりたいと思うくらい、感覚が似ている人もいるのですよ。そういう時は気持ちが高揚しますね。