親子の絆を描いた小説とお正月の思い出

高いタワーから見下ろした街の光景が私の心に深く刻まれています。それ何年か前のお正月に、以前から訪れたかった都会にあるタワーを登ってみた時に目に飛び込んできた風景です。その日は快晴で空は青く澄みきっており、どこまでも遠くを見渡すことが出来ました。海も空も建物も全てが太陽の光に照らされながらまばゆく存在していて、とても美しいものでした。そしてあの日のことを思い出す時、もう何年も前に読んだ小説のことが私の心に浮かび上がるのです。それは私が以前訪れたあのタワーが登場する作品で、母と息子の絆について書かれたものでした。この作品はあの日見た美しい光景と同様に深く心に刻まれていて、私が家族で過ごしたよき思い出と同じ位に涙腺が緩くなるような感覚をもたらします。
親子の関係は身近にあり過ぎるからこそ、上手く感謝を表現できない事もあります。しかしながら親孝行はすべきだし、生きている間に育ててもらったことへの感謝をたくさん示せたらと願うことも少なくありません。私の心にあるあの作品もお正月の風景もどちらも大切に胸にしまいながら、親孝行は今すぐにでも実行すべきという熱い思いがみなぎってきます。それはどちらも愛おしい家族への感情を揺さぶると共に、大切な気持ちを思い出させてくれる貴重な存在なのです。

美味しい和からわびさびを学ぶ

先日お茶会に行って参りました。私の友人が茶道を習っており、そのお手前を披露する発表会に参加したのでした。会場は賑やかな町の路地を入った邸宅にある和室でした。赴きと風情が素人の私にも知ることができ、建物の中に一歩入っただけで身も心も引き締まるような感覚を味わったものです。部屋の窓からはシンプルで洗練された庭園を見ることができ、それは本当に美しいものでした。今振り返っても非日常を感じることができた非常に贅沢な時間だったと感じております。
さてお茶の席の楽しみといえば、美味しいお茶と切っても切り離せない和菓子があると思います。それは舌で楽しむのはもちろんのこと、目でその美しさを眺めることも楽しみの一つです。その日いただいたものは、そんな私の気持ちにぴったりの色鮮やかでありながら可愛らしいものでした。とても良いお味だったため、我を忘れるように集中して食したことは言うまでもありません。
私は友人の影響もあってか以前から和菓子に心惹かれており、図書館で何冊かの書籍を借りたことがあります。それらの本には四季折々の逸品が紹介されており、どれもとても綺麗で美味しそうなものばかりでした。こうした本の効果もあり、季節の訪れを楽しむための大切なアイテムとして和菓子は私の中の重要なものになりました。そして目と舌で季節を堪能して幸せを噛みしめることで、暮らしが一層豊かになったように感じております。これから先もわびさびをもっと学ぶべく、日本文化に存分に浸ってゆきたいと思っております。

古本屋で購入した女性の生き方を学ぶ本達

暇で何にもやることのない週末の午後に、ちょっと足を伸ばしておうちから離れたところにある古本屋さんに出掛けました。棚に並んだ商品をじっくりと吟味しつつ、店内をくまなく歩きながらふと目につくのは、訪れる人々が思い思いの時間を過ごしている姿でした。地域密着型のブックストアということもあり、老若男女が心地よさそうに商品を眺めている光景はなかなかよいものです。私もそんなお客さん達の気持ちに後押しされ、いつもよりも一層本探しに力を注ぎ、素敵な作品達を購入することができました。その甲斐もあってか気持ちも満たされ、買い物後の一杯のコーヒーはとっても美味しかったことが印象に残っています。この日の収穫は、今は亡き女性作家の着物のお洒落とライフスタイルについて書かれたエッセイと女優の半生を綴ったノンフィクションでした。どちらの作品も仕事や恋に力一杯生きた女性が主人公のため、きっと私自身の人生にもよい影響を与えてくれるであろうと感じており、今から読むことが楽しみで仕方ありません。しかしながら、幾つかまだ読んでいない本が部屋に積まれているので、2冊のページを開くのは当面先になりそうです。なにはともあれ、楽しみを秘めた暮らしは、気持ちに張りが生まれるもの。刹那的に出会った素敵な本を読むことを胸に、日々の暮らしを精進してゆこうと思っております。

温まりながら堪能する冬の小説

とある雨が降る夜、布団の中で小説を読み耽っていました。その日は少々肌寒かったため、温かい毛布と厚手の布団をまといながら読書を楽しみました。読んでいた作品には雪がよく降る冬のことが書かれていたことを覚えています。冬が訪れる前に様々なことが起きたようで登場人物達にとっては忘れることの出来ない一年だったと文中に書かれていました。私が最も印象に残ったのは数ある出来事は去ることながら雪の夜の光景でした。悲しいことや辛い出来事が起こったにも関わらず、空から舞い落ちる雪はこうした出来事をまるで温かく包み込んでいるように感じたからです。また外は寒くて凍えそうなのに部屋の中にいる登場人物達は過去を淡々と振り返りながら、生きていることをしっかりと噛みしめているように思いました。こうした光景は決して美しくて素敵なことだけがある人生ではないことを悟った上で、憂いを持ちながらも愛する者を慈しみながら暮らしてゆく大切さを教えてくれたのでした。
寒い日に暖かい部屋にいるとホッコリとした気持ちになり幸せになります。それは生きることも同じなような気がします。思いも寄らない嵐が身の上に訪れても、それを遮り雨宿りできる拠りどころがあることはささやかな幸せを感じることにも繋がります。この小説をまた読む機会があれば、雪の日にココアでも飲みながら作品の世界観を堪能できたらいいと思いました。

美術展で出会った漢文の書籍

アートイベントでは思いも寄らない展示を目にすることが多々あります。それもまた美術の楽しみ方だと感じています。数週間前の週末に訪れた現代アートを展示するイベントではアジア各国のクリエイター達が手掛けた作品が出展されていました。ヨーロッパやアメリカ、日本のアーティストの美術策銀を鑑賞する機会は何度かありましたが、日本以外のアジアで活躍するクリエイターのアートにふれることができるのは希だと感じました。そのためかなり気合いを入れてこのイベントに望んだのでした。斬新でユニークなものが多く、素晴らしいものばかりでしたが、一際印象に残ったのは紡いだ糸を使ったオブジェでした。動物のようなお面とまるで毛に覆われた体をイメージさせる長くて美しい糸が紡がれたもので、全長は5メートル位の大作でした。糸は青が基調となりながらも言葉で表現することが難しいほどにたくさんの色からなっており、丹精に作られたことを垣間見ることができました。また会場の一画にはアーティストを紹介した書籍が何冊か置かれており、漢文で記載されていたのでした。読んではみたものの、一つ一つの漢字の意味合いは分かっても読解は非常に困難だったのです。しかしながら今まで触れることのなかった本に出会い貴重な経験ができたと感じました。もし時間が許されるのであれば、じっくり漢文の読解に励みたいと密かなチャレンジ精神が沸いております。

猫に生まれ変わるのもよいかもしれない

もし何かの事件に巻き込まれてしまって、不本意な命の落とし方をしてしまったら。私はきっとこの世に未練たらたらで、まだあの世に行きたくないと強い観念にかられてしまいそうです。こんなことを想像するのは心許なく思いますが、大切な友達や家族のそばで少しけぬくぬく暮らす時間があってもよいかもしれません。その時は猫に生まれ変わってみるのはどうかと思うのです。こんなことを考えたのは、先ほど一匹の猫が主人公の短編小説を読んだことがきっかけでした。不意な事故で亡くなった女性は自分が命を落としてしまったことにも気付かず、猫として夫の隣に寄り添いながら自分の通夜を眺めます。一見切ない小説ですが悲しみを感じさせず、どちらかというと滑稽でユニークな印象をもたらしてくれる物語でした。怒りや嬉しさを込めて「ニャー」と鳴いてみても、「ただただ可愛いい」という印象しか与えないことに少々もどかしさを感じますが、居心地がいい場所で好きな人に撫でられながら暮らすのも悪くありません。
この作品はしっかりとした推理小説に仕上がっており、愛らしい動物の登場がきっかけとなり殺人事件は無事解決、ラストには意外なオチも含まれていて読み応え十分でした。末永く人間として暮らしてゆきたいと思っておりますが、もし少しの間だけ違う者になることができるのであれば、やっぱり猫がいいと完読した後に強く思ったことは言うまでもありません。

お酒の力を借りたい夜もある

考え事がある時、お気に入りのスタンディングバーに入りじっくりと腰を据えて一人でお酒を飲むことがあります。喫茶店でコーヒーを飲む事も好きなのですが、とにかくボーっとしたい時にお酒の力を借りると有効に働くことを遠い過去に知りました。そのため小説を読んでいて、登場人物が寡黙にカウンターに座ってグラスを傾けている姿が書かれていると妙に親近感が湧いてくるようになったものです。また今まで読んできた小説には様々な形でお酒と人が登場し、交わりあっていたことが思い出されます。苦悩や悲しみを抱えながら、それをまぎらわすためにビールやワイン、ウィスキーで心を潤してささやかな気分転換をしているところからは、生きることのもどかしさや切なさを知りました。特に好きなシーンは、ある小説で男性が淡い光が漂うバーの木目調のカウンターで、ビールとナッツを食べるシーンでした。その男性はまめに自炊や洗濯もしており、日々の生活を丁寧に過ごしています。孤独にさいなまれながらも、自堕落にならずしっかりと地に足を着けて暮らしている姿はとても素敵です。そんな彼にとってバーでのくつろぎは極上の贅沢なのではないかと感じたし、このような小さな楽しみは生きることの潤滑油になると思いました。私も自分と向き合う時間を持ちながら、肩の荷を背負い過ぎずにでもしっかりと生きてゆきたいと密かに願っております。

本との思い出を胸にお片付け

普段から読み終えた書籍をしまう心掛けをしようと努めてはいるものの、なかなかうまくゆかないのが現実です。そこで部屋の片付けを兼ねて書籍達を収納することにしました。どこに入れようか考えたのですが収まる場がなかなか見つからず、やっとの思いで探し当てたのは洋服をいれているクローゼットです。ハンガーに掛けられた洋服達の下に50センチメートルほど空いている場所があったため、そこに置いてみました。そんな大仕事をしながらまるでジェンガのように積まれた本を一冊ずつ手に取り、作品のことを振り返ってみると、長編小説、随筆、文芸誌やキッチンのインテリアについて書かれた本など、ここ数ヶ月に渡り手にしてきた作品達との思い出が走馬燈のように蘇るものです。なかでも長編小説は数週間掛けて完読したこともあり、こみ上げてくる感情もひとしおだと感じます。そして読み終えた後のかすかな寂しさと喪失感も同時に思い出されて、切ない気持ちになることもありました。
こうした一冊一冊の思い出を振り返る時間はなかなかいいものです。またお片付けされた本達は、意外にも女子力が高いものが多いという自分の意外な一面をも気付かされた良き機会でもありました。何はともあれ、せっかく女性らしい書籍を読んでいるのだから、お部屋も小まめに片付けて綺麗にしなければとちょっと自分にカツを入れたことは言うまでもありません。

体の変化を受け入れながら食を楽しむこと

欧米化が進み、私達の食生活は大きく変わってきたように思えます。こうした時代背景からか、最近では健康についての書籍がブックストアの棚にたくさん並ぶようになりました。私も足を運んだ折にはこうした本を手に取ることも増え、興味深い内容のものは積極的に購入するようになりました。
先日友人の家で夕ご飯をご馳走になった時、一冊の本を紹介してくれました。彼女は料理上手で日頃から体にいい材料や献立について、本を通して学んでいるようです。そのためお手製の料理はどれも美味しくて野菜とタンパク質、糖質のバランスが抜群なのです。何よりも手が込んだものより簡単に作ることが出来るレシピをたくさん知っているので、おうちでおもてなしを受ける際に興味を引いた料理は必ずレシピを聞くようにしています。その甲斐もあって栄養バランスに富んだレパートリーが徐々に増えつつあります。
この日レコメンドしてくれた作品は「炭水化物の摂取」について書かれたものでした。年を取ると基礎代謝が低下してゆくため、自分の体に見合った食事をすることがより大切になってくるようです。その本にも年齢による体の変化に応じた炭水化物の摂り方が記されていました。白米は基より玄米や雑穀を取り入れること、一日の中で摂取する米やパンの目分量などの詳細が書かれていて、学ぶことがたくさんあると感じました。またお酒では赤ワインがいいようで、書籍で知ったのをいいことにこの日の晩餐でもたらふく飲み、気付いたら幾つものボトルが空いていたのでした。そして健康であることでこうした楽しい時間を過ごすことが出来ることを再確認し、これからも体と真摯に向き合って暮らしてゆこうと思いました。

学生時代から変わらない悩みもある

高校生の時に出会った幾つかの小説は私の心に強く刻まれています。思春期の真っただ中にあり、毎日様々な悩みが心に浮かび消えてゆくような不安定だったあの頃に出会った文学作品には格別な思いがあるのかもしれません。そのためかあれから年月が経った今でもあの頃手にした作家の小説を無性に欲することがあるのです。
先日一冊の本を読み終え活字を欲していたこともあり、家の近くにある図書館へ向かいました。とりあえずその時の気分に合った書籍を借りようと決め、館内の棚をくまなく眺めながら短編小説が収められた単行本を借りることにしました。それは学生の頃に読んで感銘を受けた女性作家が書いたものでした。病に冒された女性が登場する物語で、わがままだけどどこか人間味溢れる姿に共感したことを覚えています。そして彼女のように自分の感情を他者へぶつけることができたらどんなに清々しく生きる事ができるだろうと考えていたことを本棚の前でふと思い出したのでした。それは今でも考えていることでもあり、あの頃も昔も私の心はあまり変わっていないことに気付かされました。若かった私は、大人になったらもっと楽になっていて今抱えている悩みは全て解決していると考えていたけど、そんなに簡単なことではないことを長い年月を掛けて学んだと感じています。借りた本を読み進めながら当時の自分を振り返りつつもこれから先を見据えて歩んでゆこうと思ったのでした。