楽しいことが二割だとしても

先日、イラストレーターをしている友人が「目薬は手放せない」と言っていました。長時間パソコンの画面を見続けるから、どうしても目が乾いてしまうのですって。今は執筆も漫画を描くのもコンピューターを使っている人が多いですから、作家さんにも、同じ症状で苦労している方がいるかもしれませんね。
瞬きをたくさんするようにするとか、専用の目薬をさすとかいろいろあるようですが、集中していると忘れてしまうそうで、なかなか大変みたいです。肩こりや腰痛と一緒で、職業病と言うべきものなのでしょう。クリエーターの方はブログやSNSでも、このような大変なことは表に出さず、いつも明るく楽しい話ばかりをしてくれている方が多いので、すごいなあと思います。
そういえば以前どこかで見たのですが、有名なブロガーの方は、一日の八割が大変だとしても、残り二割の楽しいことだけをブログに書くと決めているそうです。辛い話なんて面白くないからだと言っていました。作家さんや漫画家さんも同じかもしれませんね。そう考えると、素顔を公表していない方が多いとはいえ、彼らもまた見られる立場の人間なのだなあと思いました。大好きなクリエーターの方々、いつも元気をくださって、ありがとうございます。

十人十色のスケジュール帳

読書が好きな友達は文字に慣れているからか、スケジュール帳にこだわりを持っている人が多いです。1日1ページ使うタイプのものに、予定も日記も全部書きこむ子や、見開き二週間のタイプに、予定と実際の行動を書いている子、ほかには自分でスタンプやシールを使って手作りしている友人もいます。見せてもらうと、十人十色で面白いですよ。
中でも一番目を引いたのが、欲しい本の発売日を付箋に書いて、貼りつけていた手帳でした。ちゃんと買ったら付箋をはがすらしいのですが、マンスリーなのに本の予定一色って、どういうことなのと笑ってしまいましたよ。でも、それほど楽しみにしているという気持ちはよくわかります。私もかつては一覧にして、メモを持っていましたからね。今は卓上カレンダーに書きこんで、毎日眺めてウキウキしています。
電子書籍が普及して、クリックひとつで作品が買える時代になっても、そうしない人もいるという当たり前のことが、とても嬉しく感じました。もちろんどちらがいいということはないのだけれど、昔からあるものが肯定されているようで、それが良かったのかもしれません。私も彼女を真似て、スケジュール帳いっぱいに楽しい予定を書きこんでみようかしら。

図鑑に詰まった皆の思い

友達が、知りあいの子供さんの小学校入学祝いに、学習図鑑のセットを贈ったそうです。今はインターネットで何でも調べられる時代ですが、こういった本がずらっと並んでいると、興奮してしまいますよね。自分の幼少時代を思い出しました。けして安くはないだろうに、いろいろと揃えてくれた両親には感謝です。
ただその図鑑は、今はもう私の家にはありません。なにせ小さなころに愛読していたものなので、成長するにつれ、内容が物足りなくなってしまったのです。結果、親戚の小さな子に、おさがりとしてもらってもらいました。私はもう学校の図書館を自由に使える年齢になり、親に図鑑を買ってもらうことはなかったのだけれど、本当にあれはいい思い出です。
知り合いの子供さんの胸にも、こうして温かい記憶が残ればいいな。ちなみにその子は赤ちゃんの頃から車が好きなので、乗り物関係の本はたくさん持っています。知りあいは、今の所はそれを全部、倉庫にとってあるのですって。「あげる子がいないし、売ってしまうのも勿体ない気がして」と言っていました。子供だけではなく、親にとってもたくさんの記憶がつまっているのでしょうね。書き手の思いもありますし、本ってすごく、たくさんのものでできているんだなと思います。

未来の自分に贈るお気に入り

子供時代に一度だけ、タイムカプセルを埋めたことがあります。ただ何を入れたかも、実際に取り出したかも覚えていません。もし今同じようにタイムカプセルを作るとしたら、何を入れるでしょう。
友達に聞いてみたら、ひとりは迷わずアルバムと答えました。家族写真を残して、今の幸福を将来の自分に伝えたいのですって。素晴らしく理想的な回答で、羨ましいほどです。別の友人は、今読みかけの本を入れると言いました。「読みかけなのにいいの?」と尋ねてみると「実はあまり好みじゃないから、未来の自分に先を託す」とのこと。マイナス思考なのかプラス思考なのかわかりませんが、愉快な答えです。私だったら、お気に入りの本を入れたいですね。将来の自分もまだこれが好きかしら? そんなことを聞いてみたいです。
その後皆で話したところによると、子供時代のカプセルは授業で埋めたもので、数年後に掘り返したそうです。ただ私がすっかり忘れていただけでした。そんなに小さなころなら親に話したでしょうから、家族がなにか覚えているかしら。……入っていた物がお気に入りの本だったら嬉しいけれど、もし家族に向けた手紙とか書いていたら照れくさいので、やめておきましょう。

四季の変化を感じたい日々

先日出掛けたついでにコンビニに寄りました。今は各季節、そして各コンビニ、いろいろな商品が売り出されていて面白いですね。夏ならひんやり美味しいアイスの新製品、秋は定番マロンのお菓子、冬には肉まんやおでんなどのあたたかいもの、そして春には卒業や入学をイメージする商品があります。もちろんお中元やお歳暮、ハロウィンにクリスマス、バレンタイン、ホワイトデーなどなど、イベントものも豊富です。
このような移り変わりを見ていますと、日本本来の行事は何だろうと考えたりもします。ちょっと前に、年中行事に関する本を読んだことも関係しているでしょう。残念ながら全部をこなすのは難しいけれど、知識として知りたいなと思って手に取りました。それを見ていると、昔の人は本当に四季を大事にしていたのだなあというのが、とてもよく伝わってきます。そして、手間暇かけて日々を丁寧に生きていたということも、わかりました。
季節の折々、ふと周囲の景色を見やると、気付かぬ間に桜が咲いて散っていたり、紅葉が枯れ葉になっていたりします。もくもくと浮かんでいた入道雲なんて、意識して見たのは何年前かしら。コンビニ商戦で季節を知るのではなく、昔の人のように毎日を大事にしたいと思いました。

見知らぬ誰かに感じる友情

この間友人は初めて、オンラインショップで買った本にレビューをつけたそうです。彼女は「うまく書けるか心配だったけど、その本がとても素晴らしかったから、ぜひ皆に読んでほしくて」と言いました。このような純粋な気持ちで書かれた感想ならば、読者にさぞ好印象を与えるでしょう。
だって私は話を聞いてすぐに、その本が読んでみたくなりましたもの。彼女が思わず初めての行為をしてしまうほど、魅力的な作品ってどんなものでしょう。早速、友人がレビューをつけたサイトで購入し、今は届くのを待っているところです。まだ発送の連絡も来ていないのに、外で車やバイクが止まる音が聞こえる度に、「配達員さんがうちに来たのかもしれない」と、窓を開けて確認してしまいます。せっかちですね。でもそのくらい楽しみだから、しかたありません。
人の視点で語られる感想やおすすめ情報は、他人の感覚を知ることができるので、とても面白いと思います。同じ話を読んでも「感じることってこんなに違うんだ」と思う時もあれば、「私と同じこと考えてる人がいる」と発見する時もあるからです。なかにはぜひお友達になりたいと思うくらい、感覚が似ている人もいるのですよ。そういう時は気持ちが高揚しますね。

双子は運命を分かつ?

頑なに占いを信じない友人がいます。彼女は双子なのですが、妹と同じ運勢になるのが、どうしても納得できないのだそうです。だから誕生日が関わるものは絶対信じず、タロットなどに関しては、受け入れています。こちらは確かに個人ごと、そしてタイミングによっても違った結果が出ますからね。
誕生日を使いものは占術というよりは統計学だという説もありますから、本来ならば、双子は同じような運勢になってもおかしくないのかもしれません。しかし一卵性双生児の彼女達は、姉はとても慎重な性格なのに対し、妹はまるで楽天的で、顔は当然そっくりなのだけれど、雰囲気は全然違います。これで同じ星の下に生まれましたと言われたら、疑問を持っても仕方無いと思えるほどには、差があるのです。
信じるか否かは人次第なので、私は特にどうとは思いません。ただ、彼女のような発想は面白いし画期的だな、と感じただけです。どちらにしろ各々が、人生という先の見えない道を歩いていくことには変わらないでしょう。この世に生を受けた誰もが冒険者……というと、ちょっとかっこよすぎるでしょうか。最近冒険ファンタジーばかり読んでいるので、剣を持ってけもの道を歩く勇者を想像してしまいました。

子供が文字を覚えるふたつの手段

最近の子供は、ゲームで文字を覚えることも増えているようです。保育士をしている友人が言っていました。そういえば皆、小さな頃からスマホを見たり、携帯ゲーム機で遊んだりしていますものね。おそらく最初は絵をメインに見ているけれど、そのうちになんとなく、文字がわかるようになるのでしょう。年上の兄弟と一緒にプレイしているうちに、覚えるのかもしれません。
もちろん、絵本やドリルで、ひらがなやカタカナを学ぶ子もいます。成長段階にある用事が、ゲームの画面を近い距離で見続けると、視力が低下すると考える方は多いですし、外遊びをしなくなって困ると言う親御さんもいますからね。真偽のほどは私にはわかりませんが、ゲーム開始年齢はそれぞれです。
でもどちらにしても、楽しみながら学んで、いつのまにか文字が読めるようになっていたというのが理想でしょう。そういえば私の知り合いの五歳児は電車が好きで、図鑑を見ているうちに、漢字までわかるようになったらしいです。一文字ずつだとわからないけれど、それが繋がって名称になると、すらすら名前を読み上げるのですって。写真や絵を見て「これは○○」と言うのと同じ感覚なのですね。子供の記憶力って、素晴らしいと思います。

年月が経っても変わらないファッションの心髄から学ぶこと

今から十数年前に発売されたファッションについて書かれた随筆を読みました。オリジナリティ溢れるイラストと筋が通ったエッセイには、学ぶことがたくさん詰まっていました。当時の流行りのアイテムから定番のものまで、イラストの色合いはとてもセンスが良く明日にでも使えるコーディネートがたくさん載っていました。そして丹精に書かれた絵や文章から最も印象に残ったことは、体型などのコンプレックスを把握することでその人らしさが反映されたセンスを表現できることでした。個性を生かしたコーディネートとは、体型を把握して嫌いな部分をどんな風に魅せるかがとても重要なカギになるのです。また短所を受け入れること、それをどう生かすかを考えることは、自分自身を受け入れつつ嫌いな所を好きになることにも似ているようにも感じたのでした。こうしたことからおしゃれを上手に楽しむことは、自分を愛する一歩にも繋がるのではないかと思うようになりました。
ファッションは着る人のセンスだけではなく、職業やライフスタイルまでも反映するものです。そのため清潔感を持ちつつTPOに合わせた洋服を着ることは、人とよい関係を築くためにも重要な要素になります。今ある自分を美しく表現することは、相手に私という人間を理解してもらう手助けになることを改めて知ったのでした。

自分の時間が宝物

この間、親戚の子供の誕生会をしました。ケーキを買って、ごちそうを作って、プレゼントを用意して、大人たちは大忙しです。ただ祝われる本人は朝からご機嫌で、家じゅうを駆け回っていました。「今日はお誕生日なの」と皆知っていて、そのために集まっているというのに、全員に言っているのです。なんて微笑ましい四歳児でしょう。
そんな少女を見ていてふと思いだしたのが、祖母と母のことでした。祖母は自分の誕生日を忘れてしまうことも多かったけれど、「おめでとう」と言うと、とても喜んでくれました。それに対しては母は「もう年なんてとりたくないよ、面倒くさい」なんて言っていましたね。なにが面倒なのかはわかりませんが、年齢を重ねたくないという気持ちは、わかる気がします。なぜなら次第に不調が出たり、疲れやすくなったりするからです。祖母はその時期を超えてしまったのかもしれません。
ただ私は、いつでも誕生日を嬉しいと思える人でありたいと思います。だって、私が過ごしてきた時間も、これから歩む人生も、私だけのものですもの。良い時も悪い時もあります。大きな嵐に出会い、これが人生の底かと思う経験もしました。それでもやっぱり、自分の時間を否定したくはないのです。