かけがえのない宝物

先日夜遅く「どうしてもあの本が読みたい!」と唐突に思いました。ですが、その題名も作者も思いだせません。記憶にあるのは、ストーリーと表紙のデザイン、そして友人に貸したということのみです。すぐにでも連絡をして聞きたかったけれど、さすがに夜更けは失礼と思い、我慢して布団に入り、翌朝、さっそく彼女に連絡を取りました。
相変わらず題名などは思いだせていなかったので「私が貸してる本、読みたいんだけど」と言ってみると「ああ、ちょうどそっちに行く用事があるから、ついでに返しに行くよ」とのこと。なんて幸運なんでしょう。題がわかれば、昨日の内に電子書籍で買ってしまっていたでしょうね。そのくらいすぐにでも、読みたかったんです。
このように「どうしても今、この作品じゃなくちゃ嫌だ」という時ってありますよね。そういう時は、他にも読んでない物や、面白い話はいくらもあるのに、ぜったいにそれでなくてはダメなんです。代理が聞かないという意味で、まるで家族のように親密な存在だなあと思ったりもします。本というのは私にとってそれほど親密で、大切なものだということでもあるでしょう。代えがきかないものは、ずっとずっと、大事にしていかなくてはなりませんね。

本、ときどき破壊神

この間友人が、映画のパンフレットをごっそり手放したと言っていました。作品を見た記念にと、映画館に行くたびに購入していたようなのですが、いい加減押入れの底が抜けそうになってきたから、売りに出したのだそうです。あれは公開時にしか販売されませんから、あとからその作品を知った人やファンの方にとっては、嬉しいものでしょうね。かくいう私も、DVDになってから知った作品のパンフレットを、探しまわったことがあります。
しかし、押入れの底が抜けるって、どれほどの重さなのでしょう。友人は「古い家だから、もともと壊れかかっていたんだよ」と言っていましたけれど、それにしてもすごいと思います。読書好きの我が家ですら、本棚の棚が傾いたことしかありませんよ。それは気付いたら、いつのまにか斜めになっていました。隙間なく、それこそパズルのように書籍を詰め込んでいたのが原因でしょう。
ただそうやってしまい込んでしまうと、数は入るのですが、取り出すのも大変です。結果、そこにあるものはあまり手に取らなくなるので、やはり適度な数に留めておくのがいいですね。できることなら壁全部を作りつけの棚にして、全体が見まわせるようにできればいいなあと、もう何年も思っています。

国語辞典にまつわる父の思い出

我が家には、表紙がとれてしまったぼろぼろの国語辞典があります。先日、書棚を整理した時に持つだけで崩れてしまいそうだったので、ガムテープで貼りつけたのですが、捨てられないのですよね。他に使うものがないのではなく、父から受け継いだ辞典だからです。
学生時代だった当時、国語の授業があるたびに、辞書を持って行くのはとても大変でした。なにせあれは鞄の許容量の多くを奪いますし、とても重いでしょう?でもだからと言って親に「学校に置いておくために、自宅用のもう一冊を買ってほしい」とは、言えなかったのです。今の学生さんは電子辞書を使うそうなので、縁ない悩みかもしれませんね。
そんな私の小さな苦労に気付いてくれたのが、父でした。彼は自室の押入れに突っ込んだままの段ボールを漁り「ぼろいけど家で使うならいいだろ」と、本当にぼろぼろのそれを、くれたのです。これでずいぶん助かりましたね。まあその頃は、「もっと綺麗なのがいい」と思いもしたのですが……なにぶん、思春期プラス反抗期だったので、しかたありません。ですが今となっては、懐かしい思い出。毎日わけなくけんかを吹っかけていた娘の私に、優しくしてくれた父に感謝をするばかりです。

新旧ファンで応援を

時々、もう何十年も前の作品が原作の、アニメや映画が公開されることがありますよね。当時を知る人には懐かしく、知らない人には新鮮なものになり、それぞれ感じるところも違うでしょう。私はそういったときに、あえて違う世代の人と話すのが好きです。自分が知らないことを知り、気付かないことについて教えてもらうのは、とても楽しいのですもの。
ですが、新しくファンになる若い世代の子たちを、歓迎しない方もいると聞いています。長く作品を読み続けている自分こそが最良の応援者だ、という意識があるのでしょうね。しかし以前大好きな漫画家さんが、「昔からのファンにも事情があるし、ずっと応援してもらうことは難しいから、新しいファンも獲得しなくちゃいけない」と言っていました。なるほど、と思いましたね。
それと同時に、ずっと好きでいてもらうことは難しいと割り切っている作家さんを、すごいと思いました。引きとめようとしても、事情や好みの変化があるから厳しいという現実を、真正面からとらえているのでしょう。なんて潔いかっこよさ!読者としては、世代や考え方も超えて、仲間同士肩を組み、ひとりの作家さんを応援していけたら、素晴らしいと思います。そんな日が訪れますように。

電子書籍の長所と短所

最近電子書籍でコミックスを読むことが増え、サイトによって画面の操作方法が違うことに気付きました。主にパソコンで見ているので必要ないだろうと思っていた拡大機能が、案外大切ですね。全体像を見るにはそのままの縮尺でいいのですが、文字を読むにはそのままでは、ちょっと大変だからです。今まで小説ばかり読んでいたので、このようなことは考えたことがありませんでした。
それがわかると、自然と自分のお気に入りのサイトも決まってくるというものです。やはり片手で簡単に、拡大縮小、ページ移動などの操作ができるところが一番かな。でもたとえばスマートフォンやタブレットを使って読むのならば、この限りではないでしょう。あれはどちらも、机に置くというよりは、両手で持って使うものですからね。
電子書籍の長所は、なんといっても本の置き場に悩まなくていいところだと思います。何百冊購入したところで、画面上の題名リストが長くなるだけなんて、長い間本棚に空きスペースがない生活をしてきた私には、嬉しい限りです。しかし当然、短所もありますよ。それは簡単に購入できるので、ついまとめ買いしてしまうところです。お財布に優しくないけれど、スペース的には安心の電子書籍は、使い方には注意が必要だと言えるでしょう。

この記事は何分で読めますか?

先日ネット上の記事を読もうとしたら「この記事は○分で読めます」というようなコメントが出てきました。これ自体は今までにも見たことがあるので、驚きはしなかったのです。しかしふと、この時間の基準は何だろうと気になりました。だって、文字を読むスピードは人によって、かなり違いますよね。私の友人の中には、小説をたった二時間で読了する子もいれば、一か月近くかけて読む子もいます。
ただ、前者の子は内容はそれほどしっかり覚えていません。読んでいる最中だけ楽しいタイプですね。本人は、「気に入った作品は、何回呼んでも面白いと思えるから、ちょっとお得な感じがする」と言っていました。一方後者の人は、その後再読の必要がないくらい、詳しく話を覚えています。だから本はいつも、一度きりしか楽しめないのですって。完璧に記憶しているから、先がわかってどきどきできないのだそうです。
ネットの記事は、そこまでしっかり覚えるほどに読み込むことはないでしょうから、なにかの平均かもしれませんね。大体は数分の時間が出るので、特別難しい根拠はなく、そんなに長くないから読んでねというアピールという可能性もあるでしょう。それはそれで、人を惹きつける術を心得ているなあと感心しますね。

看板のフレーズは店主の心

先日、古本屋の前にある黒板……と呼んでいいのでしょうか。マジックで手書きができる看板に、詩の一節が書いてありました。ここの主は、こうしてお気に入りのフレーズを書きとめることで、道行く人の足を止めようとしているのです。これは本人に聞いたことなので、確かですよ。私は何年も前から、この書店に通い続けています。
看板に書かれた言葉が気になって、入口のガラス越しにひょいと中を覗いたのがきっかけでした。偶然主と目が合って、なんとなく入らなければいけない雰囲気になったのです。しかし実はその時は、ここが書籍を扱っているとは知りませんでした。だって明らかにカフェっぽい看板が出ているし、どちらかと言えば事務所のような外観なのですもの。戸はガラス張りだけど、あとは普通の壁なので、遠くから中を見ることはできないのです。
こんなお店で人が来るのかと思いきや、けっこうたくさんの常連さんがいる様子。チェーンでない古本屋は少ないので、自然と読書好きが集まるのかもしれません。それとも主の人柄かな。気さくで朗らか。なんでも笑い飛ばしてしまう元気があるので、顔を見るとそれだけで、明るい気持ちになることができます。今後も長く続いてほしいお店のひとつです。

本にも癒しの休息を

友達が体験で作った和紙を使って、ブックカバーを作ったそうです。自分ですいたものなので、市販品よりも厚くてちょっとごわごわしているし、ただサイズを合わせて折っただけだけれど、お気に入りだと言っていました。物って、手間をかけたらかけただけ、愛情を感じられますよね。私も自分で手縫いしたブックカバーは、宝物だと思っています。縫い目が荒くても揃っていなくても、全然問題はありません。
ただ人にプレゼントする時は、市販品を選ぶようにはしています。よほど仲がいい人なら別ですが、ちょっと遠い関係の人に贈るのならば、やっぱり出来がいい品物がいいだろうと思うからです。それか、手作業が好きな人には制作キットを送ることもありますよ。最近はお店で頼むと、必要なものを全部まとめて包んでくれるので、とても助かります。
大好きな本だからこそ、好きなカバーで包んで大事にしてあげたい……それは私達が、ふわふわの布団にくるまって、休むような感覚にも似ていると思います。本に意識はないけれど、たとえば鞄に入れる時に傷つかないように、変に丸まったりしないように、しっかり守ってあげなくては。そうすれば長持ちしますし、こちらとしても安心です。

読書も作業もコンピューター時代

大好きな漫画家さんは、自宅での作業に飽きると、外のカフェなどに出掛けて仕事をするそうです。最近はデジタル作業がほとんどなので、タブレットを持って行けばなんとかなるのだと言っていました。アナログ作業が主流だったときは、とてもこんなことはできなかったとも。そう考えると今は、拘束時間が長く鳴りがちな漫画家さんにとって、ちょっと自由が増えたということでしょうか。もちろんその方のやり方限定で、他の作家さんは「そんなことない」と言われる可能性もありますけどね。
でもたしかにここ何年かは、外でパソコン作業にいそしんでいる方を見る機会が増えているような気がします。平日に駅近くのカフェやファミレス、ファストフード店などにいくと、スーツ姿の人たちが、ずらっとパソコンやタブレット、スマホに見入っているのですよ。鞄から文庫本を取り出す私は明らかに少数派で、肩身が狭くなってしまいます。
もちろん、スーツの彼らが電子書籍を読んでいないとは限りませんけれどね。どこでも作業、どこでも読書ができるようになったのは、コンピューターのおかげ。世代と時代の関係で、携帯は猫に首を付けるようで厄介だと言っていた人も過去にはいましたが、なかなか便利な世の中になっているものです。

ブックシェルフに猫が住む

友達のお父さんが、日曜大工でブックシェルフを作ったそうです。苦節三ヶ月、毎週こつ作業を続けたのは、ひとえに「新築の我が家にぴったりの棚が欲しい」という思いからだったのだとか。いろいろな店舗を巡り、インターネットで検索をしたけれど、どうにもぴんとくるものがなかったのだと聞きました。
家は高い買い物で、一生住む場所ですから、可能な限りお気に入りの物を揃えて、快適な場所にしたいという気持ちはよくわかります。それにしても、手作りなんて、すごいですね。友達からは、カフェにおいてもいいような美しいブックシェルフに、雑誌が並んでいる写真が贈られてきました。ただ、その内一区画は、猫で埋まっていましたけれど。
本当にこの子たちは、狭いところが好きですよね。思わず笑ってしまいました。友達に「猫がいるけど?」と返信したら「そこはもうその子の家になってる。お父さんも妥協した」ですって。妥協というあたりが、納得はしていないのかしらと気の毒になってしまいました。しかし数日後、猫の区画に名前がついたプレートが飾られている写真が届き「お父さんが作った」とのコメントに、他人事ながら私も一安心。皆が気に入りのブックシェルフ、今度は生で見に行きたいです。