暴れん坊が天使になるとき

図書館で、絵本の読み聞かせに参加しました。とは言っても、読んでもらう方です。親戚の子がその親と一緒に行く予定だったのですが、お母さんの体調が悪くなり、私がピンチヒッターに選ばれたのでした。
しかし、絵本ってすごいですね。それまでは散々騒ぎ、飛び回っていた三歳児が、ぴたりと大人しくなるのですもの。大きな目で司書さんがめくるページを凝視して、時々私に「あれは何々だよ」「面白いね」などと話しかけてきます。そのときの、いかにも「発見した!」というような嬉しそうな顔ったら、暴れん坊と化しているときばかり見ていた私にとっては、まるで天使のように感じられました。
ただ、後ほど子供を送るついでにお母さんに報告したところ「それは運が良かったね」と笑われました。話の内容が興味ないもののときは、読んでもらっている最中もうろうろしているのですって。そうか、今日のはたらく車や動物が、その子にとってはとても楽しいものだったのですね。もしこれがお姫様のお話だったら、もっと様子が違ったのかしら。とりあえずは、今度我が家に遊びに来るときのために、好きそうな絵本を用意しておこうと思います。そうしたら、暴れん坊にならないものね。

触れる写真集ってどうでしょう

シールで遊べたり、飛び出したり、布製でマスコットがついていたり、子供の絵本はいろいろな工夫がされていますよね。それを見ていたらふと、触れる写真集があってもいいのではないか、と思いました。たとえば猫の写真の一部がふわふわになっているとか、建物の一部にタイルや木が使われているとか、どうでしょう。もちろん実物とは違うわけですが、なんとなく、見るだけよりも身近に感じませんか。
ただ、コストとか本の重量とかの問題は出てきますよね。でも今の日本の技術ならば、きっとできるはずです。もしかしたら、もうどこかにあったりして。それならば、いつか出会える日を楽しみにしています。そういえば以前、香りがついた雑誌というのもあった気がしているのですが、こうした画期的なものがどんどん増えていけば、出版業界にも新たな道が開けるかもしれません。
それにしても、触れる動物写真集があったら、絶対に延々撫ぜ続けてしまうと思います。視覚でも感覚でも楽しめるなんて、とても素敵ですもの。ボタンを押したら声が出るとかしたら最高かもしれない……とここまで考えて、それならいっそロボットとかぬいぐるみでいいんじゃないか、と思い始めました。難しい問題ですね。

迷った心が道を見つける時

もし自分の人生や将来に不安を感じたら、どうするでしょう。私はこの間までずっと、自己啓発本を読んできました。だからその手の本は、棚に一杯並んでいます。しかしその背表紙を見ても、内容がさっぱり思いだせないものもあるのですよね。しっかり読んでいないわけではありません。結局他人の意見は、その人独自のものでしかないからです。
そう気づいた時、私は自己啓発はやめました。それよりも小説や漫画を読んだり映画を見たりして、憧れの人を作るほうがずっと心の支えになるのです。あの人のように生きたい、あの人に恥じない暮らしをしたい、と思うと、自然に背筋が伸びるでしょう?少なくとも、私はそうでした。しかもその方が、ずっと心に残るのですよ。
もちろん、元気になる方法は人それぞれなので、自分にとって一番負担にならなくて、効果があるものを選べばいいと思います。ただうまくいかないで悩んでいる人は、小説や漫画を読んでみるのもありだぞ、と教えてあげたいですね。家にある作品を再読するのだっていいでしょう。読む時期が違えば、新しいことを見つけられるものです。心を震わせるために、小説や漫画などの創作物は、存在しているのだと確信しています。

動物の癒し効果は本でも十分

最近、動物の飼い主エッセイのような漫画ばかり、続けて読んでいます。犬や猫はほんと自由でかわいくて、面白いですよね。たいていどの子も夢中になるものは同じもの、おやつやおもちゃなんですが、やっぱりそれぞれ性格が違うので、個性があるんだなあと思いました。そう言えば私の知人の愛犬は、臆病で、自宅近所の橋が渡れないんですって。足元が金網になっていて、下が見えるからというのですが……そんな子に会ったのは、初めてでした。
動物エッセイだと、そういうちょっと変わったことがフォーカスされていますから、それも面白いと感じる理由でしょう。あとは当然、絵が可愛いです。リアリティのない犬や猫は、ぬいぐるみのような愛らしさで、内容も相まって、和みと癒しを与えてくれます。日常生活でささくれてしまった心を、ほっと包み込んでくれるのです。
はらはらどきどきする作品は、心が元気ではないと、なかなか読む勇気がわいてきません。でも動物エッセイは、楽しい時も落ち込んでいる時も、病気で弱っている時でも、いつでも読めます。いつも私の傍にいて、それこそペットのように寄り添ってくれるのです。ぬいぐるみを抱えながら、私は今後も、これらの作品を読み続けていくのでしょうね。

情熱は時を超えても色あせない

この間、アンティークの植物図鑑というものを始めて見ました。写真のない時代なので、中身は全部イラストです。ああいうのを、ボタニカルアートというのでしょうね。細かく丁寧に描かれたイラストは、図鑑の内容というよりは一枚の絵画のようで、それは美しいものでした。いったいどんな繊細な方が、これを描いていたのでしょう。生きる時代が違うので逢うことは叶いませんが、夢膨らませて想像してしまいます。
同時に素晴らしいのは、この図鑑をここまで見事な保存状態で管理していた、持ち主の方です。だってゆうに百年は、この世に存在していたのですよ。もし置いてある場所が悪ければ、カビが生えたり色あせたりしていても、不思議はありません。それがあの見事な発色……。専門的なことはわかりませんが、持ち主さんの愛情は、確かに感じ取れたと思います。
本を愛する人の想いは、いつの時代でも、変わらずそこにあり続けるのでしょう。曰く、素晴らしい作品は、どうあっても後世に残したいという情熱です。今は電子機器が発達し、データを残すのはそれほど難しくはないけれども、当時の人にとっては大変なことだったでしょうに……本当に、芸術を大切にするその心意気には、頭が下がります。

かけがえのない宝物

先日夜遅く「どうしてもあの本が読みたい!」と唐突に思いました。ですが、その題名も作者も思いだせません。記憶にあるのは、ストーリーと表紙のデザイン、そして友人に貸したということのみです。すぐにでも連絡をして聞きたかったけれど、さすがに夜更けは失礼と思い、我慢して布団に入り、翌朝、さっそく彼女に連絡を取りました。
相変わらず題名などは思いだせていなかったので「私が貸してる本、読みたいんだけど」と言ってみると「ああ、ちょうどそっちに行く用事があるから、ついでに返しに行くよ」とのこと。なんて幸運なんでしょう。題がわかれば、昨日の内に電子書籍で買ってしまっていたでしょうね。そのくらいすぐにでも、読みたかったんです。
このように「どうしても今、この作品じゃなくちゃ嫌だ」という時ってありますよね。そういう時は、他にも読んでない物や、面白い話はいくらもあるのに、ぜったいにそれでなくてはダメなんです。代理が聞かないという意味で、まるで家族のように親密な存在だなあと思ったりもします。本というのは私にとってそれほど親密で、大切なものだということでもあるでしょう。代えがきかないものは、ずっとずっと、大事にしていかなくてはなりませんね。

本、ときどき破壊神

この間友人が、映画のパンフレットをごっそり手放したと言っていました。作品を見た記念にと、映画館に行くたびに購入していたようなのですが、いい加減押入れの底が抜けそうになってきたから、売りに出したのだそうです。あれは公開時にしか販売されませんから、あとからその作品を知った人やファンの方にとっては、嬉しいものでしょうね。かくいう私も、DVDになってから知った作品のパンフレットを、探しまわったことがあります。
しかし、押入れの底が抜けるって、どれほどの重さなのでしょう。友人は「古い家だから、もともと壊れかかっていたんだよ」と言っていましたけれど、それにしてもすごいと思います。読書好きの我が家ですら、本棚の棚が傾いたことしかありませんよ。それは気付いたら、いつのまにか斜めになっていました。隙間なく、それこそパズルのように書籍を詰め込んでいたのが原因でしょう。
ただそうやってしまい込んでしまうと、数は入るのですが、取り出すのも大変です。結果、そこにあるものはあまり手に取らなくなるので、やはり適度な数に留めておくのがいいですね。できることなら壁全部を作りつけの棚にして、全体が見まわせるようにできればいいなあと、もう何年も思っています。

国語辞典にまつわる父の思い出

我が家には、表紙がとれてしまったぼろぼろの国語辞典があります。先日、書棚を整理した時に持つだけで崩れてしまいそうだったので、ガムテープで貼りつけたのですが、捨てられないのですよね。他に使うものがないのではなく、父から受け継いだ辞典だからです。
学生時代だった当時、国語の授業があるたびに、辞書を持って行くのはとても大変でした。なにせあれは鞄の許容量の多くを奪いますし、とても重いでしょう?でもだからと言って親に「学校に置いておくために、自宅用のもう一冊を買ってほしい」とは、言えなかったのです。今の学生さんは電子辞書を使うそうなので、縁ない悩みかもしれませんね。
そんな私の小さな苦労に気付いてくれたのが、父でした。彼は自室の押入れに突っ込んだままの段ボールを漁り「ぼろいけど家で使うならいいだろ」と、本当にぼろぼろのそれを、くれたのです。これでずいぶん助かりましたね。まあその頃は、「もっと綺麗なのがいい」と思いもしたのですが……なにぶん、思春期プラス反抗期だったので、しかたありません。ですが今となっては、懐かしい思い出。毎日わけなくけんかを吹っかけていた娘の私に、優しくしてくれた父に感謝をするばかりです。

新旧ファンで応援を

時々、もう何十年も前の作品が原作の、アニメや映画が公開されることがありますよね。当時を知る人には懐かしく、知らない人には新鮮なものになり、それぞれ感じるところも違うでしょう。私はそういったときに、あえて違う世代の人と話すのが好きです。自分が知らないことを知り、気付かないことについて教えてもらうのは、とても楽しいのですもの。
ですが、新しくファンになる若い世代の子たちを、歓迎しない方もいると聞いています。長く作品を読み続けている自分こそが最良の応援者だ、という意識があるのでしょうね。しかし以前大好きな漫画家さんが、「昔からのファンにも事情があるし、ずっと応援してもらうことは難しいから、新しいファンも獲得しなくちゃいけない」と言っていました。なるほど、と思いましたね。
それと同時に、ずっと好きでいてもらうことは難しいと割り切っている作家さんを、すごいと思いました。引きとめようとしても、事情や好みの変化があるから厳しいという現実を、真正面からとらえているのでしょう。なんて潔いかっこよさ!読者としては、世代や考え方も超えて、仲間同士肩を組み、ひとりの作家さんを応援していけたら、素晴らしいと思います。そんな日が訪れますように。

電子書籍の長所と短所

最近電子書籍でコミックスを読むことが増え、サイトによって画面の操作方法が違うことに気付きました。主にパソコンで見ているので必要ないだろうと思っていた拡大機能が、案外大切ですね。全体像を見るにはそのままの縮尺でいいのですが、文字を読むにはそのままでは、ちょっと大変だからです。今まで小説ばかり読んでいたので、このようなことは考えたことがありませんでした。
それがわかると、自然と自分のお気に入りのサイトも決まってくるというものです。やはり片手で簡単に、拡大縮小、ページ移動などの操作ができるところが一番かな。でもたとえばスマートフォンやタブレットを使って読むのならば、この限りではないでしょう。あれはどちらも、机に置くというよりは、両手で持って使うものですからね。
電子書籍の長所は、なんといっても本の置き場に悩まなくていいところだと思います。何百冊購入したところで、画面上の題名リストが長くなるだけなんて、長い間本棚に空きスペースがない生活をしてきた私には、嬉しい限りです。しかし当然、短所もありますよ。それは簡単に購入できるので、ついまとめ買いしてしまうところです。お財布に優しくないけれど、スペース的には安心の電子書籍は、使い方には注意が必要だと言えるでしょう。