古本屋に入ると、時間の流れが少しだけゆっくりになる気がします。扉を開けた瞬間に漂ってくる、紙とインクが混ざったような匂いは、新刊書店では味わえない特別なものです。大人になった今だからこそ、この空気の良さがしみじみ分かるようになりました。忙しい毎日の中で、古本屋は気持ちを落ち着かせてくれる場所のひとつです。
棚に並んだ本を眺めながら、背表紙を指でなぞっていく時間がとても好きです。知らない作家さんの名前や、少し古いデザインの装丁を見ると、「どんな小説なんだろう」と想像が膨らみます。古本屋では、目的の本を探すというより、偶然の出会いを楽しむ感覚が強いです。その日の気分で手に取った一冊が、思いがけず心に残る読書体験になることもあります。
古本屋の本には、前の持ち主の気配が残っていることがあります。しおり代わりのレシートや、書き込み、少し折れたページ。それを見ると、その人も同じようにこの小説を読み、何かを感じていたのかなと思って、勝手に親近感が湧いてきます。一人で読む読書なのに、誰かと静かにつながっているような感覚になるのが不思議です。
また、古本屋は入りやすいのに、どこか秘密基地のような雰囲気もあります。おしゃれすぎず、気取らず、ただ本が好きな人のための場所。ふらっと立ち寄って、気がついたら長居してしまうことも珍しくありません。そうして選んだ一冊を持ち帰り、家でゆっくり読む時間は、とても贅沢です。
古本屋での読書は、日常から少し距離を取らせてくれます。新しい刺激というより、心を整えるような時間です。大人になった今だからこそ、自分のペースで本と向き合えるこの時間を、大切にしていきたいと思っています。