歴史を超えた訳の新旧

先日、歴史の教科書で名前を見た人が小説を書いていたことを知り、たいそう驚きました。何回も出版を重ねて現代にまで残っていることが、まるで魔法みたいだと思いもしましたね。そして実際に読んでみれば、文章の中には、当時の生活や空気、活気が感じられて、今とはまるで違う雰囲気だからこそ、それがとても魅力的でした。
たとえば、今出版されている本の中で描かれている現代も、この後いつかは、遠い過去になるのでしょうか。何十年か後には、どこかの漫画のように、ロボットが主導を握る世の中になっていたりするのかも知れません。それとももしかしたらまるで変わらなかったりして。考えるとしても面白いですね。私の大好きなファンタジーのようです。
ただ古い作品は日本のものですと仮名遣いが難しく、外国のものですと翻訳が読みにくいことがあります。これも時代の問題なのでしょうか。理由はわかりませんが、だからこそ新訳が販売されるんですね。そしていわゆる現代っ子たちは、新しいものを求めるようです。親せきの子も、わざわざ最新版を探していました。ただ図書館に置いてあるものは、ずっと以前の古いものが多いそうです。私などは、そちらを懐かしいと思ってしまいます。